自己紹介

ニックネーム:バラードメーカー
名前:清水 一寛(しみず かずひろ)。
岩手県花巻市出身。
祖父は、宮沢賢治の生徒。
幼い頃から宮沢賢治の話を興味深く聞いていました。
とてもおもしろい人だったらしいです。
そのせいかわかりませんが、幼い頃から、作詞・作曲が大好きでした。
中学生の頃から友人とバンドを組んでライブ活動をしてました。
ライブ活動時、バンドではキーボード奏者。
実は、本格的にアコースティック・ギターを弾き始めたのは最近です。

【1970年代】

高校1年の時作曲した「何もない春」を、
友人のバンド「あまりりす」が歌い、
第9回ポピュラーソングコンテスト岩手県大会で優勝、
東北大会に出場する。
その大会の全国グランプリに輝いたのは、
同じ東北大会で優勝した、
因幡晃の「わかってください」。

【1980年代】

「あまりりす」に加入、「歌呼奴」と改名。 ビクター音楽産業の協力でシングル・レコード「雪飛礫(ゆきつぶて)」発売。

 大学入学のため大阪に引越す。
以後、活動の場を関西に移す。
卒業後、シンセサイザーメーカー株式会社KORG入社、関西営業所で勤務。

音楽活動に専念するために株式会社KORG退社。
GLAYの「永遠の1/4」著者磯崎雅彦、シンガーの西司とともにEdge結成。
大阪バーボンハウス等で活動。

放送作家、倉本 美津留(くらもと みつる)のバンド
「リビドー」のキーボーディストとして、ライブ活動。
リビドーは当時関西で活動していた俳優の升毅(ます たけし)
さんのバックバンドとしても活躍しました。

【1990年代】

東京に活動拠点を移す。 1991年4月ロンドンに引っ越し、約8ヶ月間、現地の音楽シーンで学ぶ。

帰国後、フリーランスで音源製作、カラオケ製作等の業務を受注。
サンヨー3Dテレビ番組として制作された、
原田大二郎第一回l監督作品「What’s」のサウンドトラックを制作。
以後、様々な番組、映画のサウンドトラックを製作。

【2000年代】

とある携帯電話の着メロ製作会社の創設メンバーとして、
着メロ、着うた製作業務に携わる。

 音楽データであるMIDIシステムによりロボットをコントロールするといった、
アミューズメント関連の業務にも携わり、
横浜みなとみらいのクリスマスのシンギングツリー、
岡山県倉敷市に開園したチボリ公園では、アンデルセンシアターを施工。
日本テレビ本社社屋にある「宮崎駿の日テレ大時計」の動作、音響、照明プログラムを制作。

 株式会社ドリームシーカー設立、代表取締役となる。 現在に至る。

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